【愛】本音と建前

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本音と建前という言葉があります。

多感な時期をオーストラリアで5年間過ごし、

帰国当日からラジオDJとして言葉を取り扱うお仕事を

はじめてしまった私は、大変苦労しました(汗)

 

それは、どこまでの本音が日本社会の公の電波で

受け入れられるものか、仕事上のお付き合いで受け入れられるか

という感覚がゼロだったから。

 

あっ、ストレートすぎた・・・

あっ、こういうときは主張したほうがよかったんだ・・・

 

など、数々の失敗をして、感覚を磨いていきました。

といっても、いくら日本で育っても、いくら年を重ねても

生きている限り、様々な人とのコミュニケーションはつきものですから、

皆失敗の中から感覚を磨いているのでしょう。

業界や、地域、価値観などによっても常識は違ってくるのですから。

 

皆さんは、本音と建前をどう使い分けていますか?

厳しい意見を伝えることはありますか?

 

言いたいことがあるとき、相手が傷つくことがわかっていたり、

言わなければ何事もなく、トラブルを楽に避けられると想像するとき、

どうしますか?

 

伝えたほうがいいのか、なんと伝えたらいいのか、

嫌われないか、自分が我慢すればいいのではないかと考え、

なかなか言い出せないことが沢山あるのではないでしょうか?

 

私は、生きている限り、摩擦や衝突を避けることはできないと思います。

皆違った価値観・立場・視点をもって生きている中で、

同じ出来事に出会ったときに、同じ意見でいられるほうが奇跡。

 

また同時に、「ありがとう」「ごめんなさい」「許すよ」

という言葉がもっともっと頻繁にやり取りされると

世の中はもっともっと愛に包まれるな・・・と感じます。

 

でも、それには「本音」のやり取りが必要なんです。

本音のやりとりなしで、我慢していても

相手は気付きません。

 

ありがとうやごめんなさいや許しは、やり取りがないとでてきません。

そのやりとりにはちょっとした「ルール事項」があります。

例えば

 

・相手のアラや失敗を指摘するのではなく

・相手を責めるのではなく

・自分の感情を押し殺すのではなく

・感情をぶつけるのではなく

・相手を否定するのではなく

 

「自分の気持ちを素直にありのまま伝えること」

 

あくまでも、自分の気持ちを伝えることに徹するんです。

もしかすると、相手は自分の期待に答えることはできないかもしれない。

 

でも、「あなたの気持ちはわかったよ」

と受け取ってもらえることはできるんです。

 

人は、「理解され」「受け入れられ」「気にかけてもらい」

「大切にしてもらえる」ことで癒され、

愛に満たされます。

 

例え、希望が全てかなわなくても、大切に気持ちを聞いてもらえて、

真剣に考えてもらえて、その気持ちをわかってもらえるだけ、

それだけで生きる力になります。

 

そして、伝える側も「どうせ」と思わず、

真剣に自分の気持ちを伝えて、受け取ってもらえる自分に

なる必要があります。

それが、自分を大切にするということ。

 

日本人はディスカッションがあまり上手でない。

それは、意見や考えの違いがあると、

人としても否定された気持ちなってしまうからのようです。

 

海外ではバンバン意見交換をする。

日本人からみると、喧嘩しているの?と感じるほど。

でも、ディスカッションが終われば、あっという間に仲良く

コーヒーしにいったりします。

 

意見は意見、人は人。

人は皆違う。

意見が違っても、お互いを大切にすることは可能です。

 

本音を伝えるところから、コミュニケーションはスタートします!

だから、本音を大切に自分を偽らず、ありのままで過ごせばOK。