グローバル育児®ストーリーレター第一話<育児と仕事の苦悩!>

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明日がみつかる「グローバル育児(R)」ストーリーレター Vo1
<第一話 SAYURI自分を見失った産後!育児と仕事の苦悩!>
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【テーマ】
●長男を出産直後の激しい痛みと苦しみ
●ラジオ番組に産後1ヶ月で復帰?!番組と母乳処理!
●乳腺炎って陣痛より痛い!答えを探し求めてヒントにたどり着いた!

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●長男を出産直後の激しい痛みと苦しみ

長男を出産後1ヶ月。
ラジオ番組のDJとして仕事に復帰する日。

もちろん、慣れない深夜の頻繁な母乳育児も1ヶ月たち疲れはピーク。
頭は朦朧とし、母が長男のお世話に訪れてくれるまで、
原稿の中身も頭に入らない状態。

当時は、私の周囲にはラジオ業界で出産直後から
番組に復帰する女性DJがいませんでした。
そのため誰にも相談できず、
仕事を完璧にこなさなくてはいけないというプレッシャーと
育児と仕事をどのようにバランスをとっていけばいいのかという不安で
混乱していました。

振り返ってみると、オーストラリアの大学を卒業し、
メディカルセンターで働いたあと
帰国後は、ラジオDJとして仕事に明け暮れた毎日。

出産・育児についての知識は、
海を超えた異国の地の知識しかなかったのです。

仕事柄、情報収集が得意な私は、
ありとあらゆる出産に関する情報と知識を
日本や海外からかき集め、
出産当日のシミュレーションも完璧!

オーストラリアの産後の女性が生き生き働いていた記憶が
鮮明に残っていたことから、出産すればなんとかなる!
というなんとも甘い考えで出産に臨みました。

見事、出産当日の分娩台室でも、ビデオ撮影しながら
フーフーという緊張の余り呼吸が荒くなるパートナーを隣に、
私はカメラに向かって笑顔で出産するほどの完璧なお産!
臨月に朝晩1時間ずつのウォーキングをした努力のおかげか、
「ツルッと」いう感じで私の体内から、新しい美しい命が誕生しました。

初めて授かった新しい小さな小さな命。
“ルイ、よく頑張ってでてきてくれたね!
Welcome to this world, Louie!!!”

感動で胸がいっぱいになったその瞬間、
カチンという音が私には聴こえた記憶があります。
その瞬間から、世界の見え方が一瞬で変化したのです。
息子が私の人生で主役へと変わり、時間の流れ方が変わり、
仕事への考え方が変わり、とにかく、
すべてが音をたてて一瞬で変化しました。

産後の入院では、お姫様のようなお部屋で過ごさせていただきながらも、
それを楽しむ余裕なんてありません。
産後の痛みに加え、母乳がでる準備で乳腺が開くまでの痛みは
陣痛よりも苦しく、どうして誰も助けてくれないのだろう?

子どもを生んだ女性は、皆これほどの痛みを経験しているのだろうかと、
ブランケットにうずくまり、ひたすら歯をくいしばって痛みに耐えました。

産後直後から、1ヶ月後に控えている番組復帰への不安が
どんどん膨らんでいきました。
初体験の母乳育児がはじまり、その想像以上の難しさに途方に暮れます!
そして、涙がでるほどの激痛!

また、産後数日後から、かわいい小さな息子と同じお部屋で眠るようになり、
深夜の息子のぴくりと動く音、フニャというかすかな声にびくり!

息しているのだろうかと指を鼻にもっていき確認したり、
ウギャーという泣き声に、
母乳なのかオムツかえの要求などがわからずアタフタ 苦笑

退院後ももちろん、朝から晩まで母乳とお風呂とおむつかえの繰り替えし。
また、産後の痛みと胸の痛みは、
上から下まで休みなく激しく痛み続け、
毎晩ほとんど眠れません。

痛み・不眠・これからへの不安、ストレスは募るばかり。
一体、私はこのまま番組へ復帰できるのだろうか・・・

出会って3ヶ月でパートナーと入籍し、すぐに授かった息子。
パートナーと2人で過ごすことができた時間はわずかだったため、
まだまだお互い話し合っていかなくてはならないことばかりだった中、
産後の会話時間もぐんと減ってしまいました。
私にとっては、寂しさを増幅させる要因となってしまいました。

そして、数十日たって実家から自宅へ戻り、産後1ヶ月のお宮参りを終え、
自宅での育児を一人でしながら、仕事復帰の当日を迎えました。

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●ラジオ番組に産後1ヶ月で復帰?!

次男の産後は2週間での仕事復帰にも心に余裕がありましたが、
初めての産後に1ヶ月で仕事を復帰するのは、
容易なことではありませんでした。

まず一番心配だったのは、母乳です。
ですぎるほどたっぷりでていた母乳は、
4~5時間息子と離れることで、
どんどん私の胸を圧迫していきます。

息子がおなかの空く時間は、
私の胸から母乳から溢れだす時間。
私の身体が、息子がお腹をすかせていることを教えてくれるわけです。

当時は、2~3時間おきくらいに母乳をあげていたわけですから、
2~3回分の母乳を搾乳しなければなりません。
搾乳もまだ上手にできないまま、仕事がスタート!

マイクに向かって話せるのかな。
笑顔でお話できるかな。

きちんと噛まずに、
DJとしての役割を全うすることができるかな。
不安でいっぱいです。

局に到着し、男性のディレクターが笑顔で迎えてくれました。
きっと私の表情が引きつっていたのでしょう。
ベテランディレクターのYさんは、
わかっているよと言わんばかり。

Yさんが当時3児のお父さんだったことが幸いし、
私がいくら番組前後に緊張していても、
温かく見守ってくださったことは、
今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

さあ、番組がスタート!
母乳育児で朦朧としながら、精一杯準備をしてきた原稿を目の前に、
ディレクターYさんが、私の目の前で
「さあ、いくよ!」と、
マイクに向かって話しだしていいよという合図のQをだしたその瞬間!

私の胸が張り裂けそう!
息子に飲んでもらえない膨大な量の母乳が
痛みとともに乳首から溢れ出しました。

ご経験のあるお母さんでしたらご存知の通り、
すごい勢いで、すごい量が、
マイクの前でしゃべりながら吹き出しているんです。
今は笑うしかありませんが・・・苦笑

心の準備はしていたつもりでも、
さすがに量の多さと、痛み、
息子が泣いていることを想像すると、胸が張り裂けそうでした。

「なぜ、私はここまでして、働いているのだろう・・・」
ただただ、答えのでない純粋な疑問が、私を苦しめます。

さすがに男性であるディレクターYさんに母乳の相談まではできずに、
5分間の休憩でトイレにかけこみ、搾乳!
でもうまくできません。

搾乳した母乳を帰宅したら飲ませてあげるために
保管したかったのですが、
そんな余裕はありません。

母乳パッドだけでは吸い取れない母乳が溢れ、
洋服もビチョビチョ。
季節は冬。
厚着だったため、外から気づかれることなく、助かりました。
初日の番組復帰は、心身ともに疲労困憊状態になりながらも、
どうにかこうにか仕事を終えることができ、家にたどり着きました。

自宅に戻ると、元気そうに母に抱かれている息子をみて、
ドーッと溢れる涙。

息子への罪悪感と
純真無垢な息子との再会の喜びと
仕事を終えた達成感
なんだか今までに味わったことのない、
とても不思議な感情。

大きな幸せと大きな苦しみが
同時にやってきた感覚でした。

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●乳腺炎って陣痛より痛い!答えを探し求めてヒントにたどり着いた!

こんな生活を数ヶ月繰り返していると
慣れてくるかなと思っていたのですが
相変わらずの答えのでない悶々とした日々。

仕事も育児もどちらも中途半端で
息子への罪悪感は増すばかり。
自分を否定するばかりで傷つき
身も心もボロボロになっていきました。
もう駄目かもしれない。
私は母親として失格かもしれない。

自分が正常でないことに傷つき
自分の存在を肯定できず、
このまま生きていていいのかという思いが時々脳裏によぎることも。

メンタルクリニックのドアを一度
叩いたことがありました。
「あなた、子どもがいるから辛いっていうの?ふん。」
と鼻で笑う女医の態度への怒りを
なんとか抑えながら帰宅したこともあります。

仕事で息子と離れるときの搾乳がうまくいかず
陣痛よりも激しく朝から晩まで胸が痛み
頻繁に乳腺炎に。

深夜に産婦人科のドアをたたき
おっぱいマッサージを横になってしてもらうと
涙があふれ、叫びとともに、
私の岩のように固まった胸から
母乳が天井までビューッと、飛び出してきました。

「せっかくのおっぱい、大切にしてね。」

と優しく言葉をかけてもらい、涙はとまりません。
天使のようなルイを目の前に
自分の思うようにいかない毎日に
ストレスもピーク。
4ヶ月目でとうとう私の身体は悲鳴をあげ、倒れました。

薬を飲まなくてはならないインフルエンザにかかってしまい、
息子と数日間離れることに。
相変わらず、私を苦しめる自分自身への問いかけへの答えはありません。

誰にも飲んでもらえないあれだけでていた栄養満点の母乳は、
搾乳をしても少しずつ量が減り
とうとう、母乳がでなくなりました。

オーストラリアで0歳児を抱えて
仕事を生き生きしていた女性たちは、
幻だったの?

近所の育児サークル、産婦人科関係の方々、
ありとあらゆる育児本、
先輩ママ、小児科医、栄養士さん、
育児用のネット情報、
答えがあるかもしれないと探し続け
人に質問し続けあるひとつの気づきにたどり着きました。

「誰も日本で私の求めている答えをもっていない。」
という事実。

女性が育児の質を最高の状態に保ちながら、
自分の理想の夢に向かって、
そのときの親子の状態にあわせて、
自分が心地よい範囲で自分自身の活動をすること。

仕事と育児と自己実現のバランスのとれた、
エネルギー溢れた生活をするための方法。
また、質の高い育児というのは、
ダイバーシティー社会(異文化の社会)でも生きていく力を
身につけてあげられるもの。

これらをすべてまとめた情報は、日本にはない!
だったら自分で納得できる方法で、
ひとつひとつ自分の力で見つけ、選んでいこう!
そう決めたのです。

情報を探し続けると、
キャリアのある女性はどこかプライベートを犠牲にしていたり、
家族を大切にしすぎたばかりに、
自分らしさや女性らしさを失ってしまっていたりと、
バランスのとれた情報はどこにもありません。

そうだ!
私の住んでいたオーストラリアや
日本に住んでいる外国人ママたちの
考えや声も集めよう!

友人たちに協力してもらい、
様々な海外の育児との違いや考えを話してもらいました。
また、ワークライフバランスについての書籍や記事を、
国内外から夢中で探すことが、
私の日々の隙間時間の使い方になっていったのです。

探し続けて数ヶ月、ある日とうとう、
私をはっとさせてくれた、
今の活動に繋がるヒントとなった発想と出会うことになったのです。

その発想とは、
「母親・妻・女性・ラジオDJなどいくつもの役割を
<両立>させるのではなく
役割を<マネジメント>していく」
というもの。

そうか!
両立しようとするからできないんだ。
私は私。
身体はひとつ。

私という人間に与えられた24時間を
自分の心地いいバランスで
育児と家庭と仕事と自分のために、
パズルのように時間を組み合わせていけばいいんだ!
私の脳裏でまた新たな世界が
カチンと音をたてて始まった瞬間です。

次回のグロ育ストーリーレター<第2話>は、
「探し続けたどり着いた答え」です。
読んでくださっている方にとって
心の栄養となってくれますようにと祈りながら・・・

Love, Sayuri xoxo

※このストーリーは2話から全20話まで無料でメール配信しています。

母 親になってからの苦悩、オーストラリア時代に大富豪と暮らした経験から学んだこと、オーストラリアでどのようにチャンスを掴んだか、育児と仕事のバランス のとりかた、世界のこれからと自分の生き方や教育、親子で幸せな人生を送るために・・・など。数年前に綴ってから、時代がまた変化していますが・・・ ニュースレターの登録がいまだに続いているため、そのまま配信を続けています。ブログのポップアップ画面からメールボックスへ2話をお届けいたします。(ポップアップが表示されない方は、「20話ストーリー希望」とこちらからご連絡ください。)

I hope you enjoy the story.