コミュニケーション力は誰のために?

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「コミュニケーション力」「表現力」というところに

私は帰国した当時、とても逆カルチャーショックを覚えました。

なんだか、日本、難しい・・・と 汗

自分をありのまま表現しようとすると、

オーストラリアで培った感性や背景がでるため、

ちょっと変わり者としてみられる。

逆に、本音と建前を使いわけるのは、私には難しい・・・苦笑

(今でもやっぱり難しいです)

帰国後3年くらいは、言葉と情報という見えないものを取り扱い、

見えないAIR(音の空間)をつくりだすということに慣れずに、

ラジオのメイン番組を担当するものとして、試行錯誤しました。

英語でも日本語でもニュースを公の電波で読んだことがない。

漢字の読み方を間違ったり

イントネーションがおかしい。

地元の情報が海外在住中、5年分抜けている。

5時間の生放送で、音楽も、情報も、自分のためではなく、

リスナーに役に立つものを出さなくては!

情報を仕入れて、人に会いにいって、取材して、

自分で体験して、ライブを毎日みて、映画を毎日みて、

音源を毎日聴いて・・・

一日取材し、エビデンスをとり、自分の内側に落とし込んで

しっかり理解し、慣れない原稿をつくり、

慣れない原稿読みを、何度も何度も、

自分のものになるまで夜中まで練習して、

そして翌日の5時間の本番で全部だしきってしまう。

つまり、半日かけて準備して、半日かけてだしきる。

時間とエネルギーを膨大に費やして、3分のトークでだしきる。

周りの評価はわかりませんが、自分なりに、

いつもいただく報酬の10倍努力をしようと決めていました。

当時は、しゃべりを学んだことのない私が局の看板を担当することに、

プレッシャーと、自信のなさと、日々の自己嫌悪と、

毎朝5時から頭がフル回転のキャパオーバーな生活に、

本当に悩み続けましたが、

今考えると、10倍頑張ったことは、10倍になってかえってくると、

過去の自分に、それでいいんだよって言ってあげたい。

まず、「コミュニケーション」とは何か?

「表現する」 とは何か?

「仕事をする」とは何か?

ということを、子どもに伝えることができることは

それだけでも、偉大な価値があります。

よくありがちな、コミュニケーションメソッドや

表現力を磨くというセミナーなどは、

いかに自分を表現するか、相手に見せるための目的が

見え隠れしているように感じることもありますが、

本物の品格あるコミュニケーションは相手のため

相手への配慮や思いやりが心にある。

この域に達するのは、私自身まだまだ精進し続けたいですが、

これを身につけるには、本当に美しい方、

神がかっているような域で、活動をされている方に

お会いするしかありません。

それに、磨き続けなければ、

後退してしまう力でもあります。

コミュニケーション力を磨くということは、

自分が伝えたいことを伝える力を磨くのではなく、

価値観やバックグランドの違う大切なお相手のために、

最大限に自分を磨き続けるということではないかと、

今のところ、思っています。

幼少時代から、身につけた人とのおつきあいの感覚が

大人になってそのままでますので、

やはり小さい頃から様々な心の動きを体験しながら、

身体と心で身につけていくことが大切ですね。

(長男の最近のエピソード、また書きますね!)